【文章を書く人は知っておきたい】内田樹氏に学ぶ「クリエイティブ・ライティングの哲学」

こんにちは! エイジィでインターンをしておりますワンちゃんと申します。 現在文章を書く機会が多いので「クリエイティブ・ライティング」について書きたいと思います!( …というのはほとんど後づけの理由で、広報の大久保さんから良い本を紹介していただいたのでシェアしたいと思います!)

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✎01.私たちの「つまらない文章」

文章を書くに当たり、最も大切なものは何でしょうか。ずばり、それは「読み手に対する敬意」です。 私たちの文章はこれが決定的に欠けているために「つまらない」のです。

そもそも「文章の書き方」について学生時代に習った人は、ほとんどいないと思います。 学校や予備校では「小論文の書き方」というものが教えられていますが、これは「文章の書き方」ではありません。なぜなら 「小論文の書き方」というものは「どうしたら採点者に良い点数が貰えるか」ということが最優先されるからです。その結果、「どうせ、こういうことを書けば採点者は喜ぶんだろう」という読み手を見下した文章を書くようになってしまうのです。

「読み手に対する敬意」を欠いた文章は「だいたいこのようなことを書けば読者は喜ぶだろう」という文章を生みます。結果、読者を見下した文章になり、「つまらない文章」になってしまいます。

✎02.クリエイティビティの原点

先ほど読み手への敬意が重要であると言いましたが、これこそクリエイティビティの原点なのです。 読み手への敬意とは「読者が読みやすように文章を整える」とかそういう次元の話ではありません。

ここで言う敬意とは「どうかお願いです。私の言いたいことを分かってください」という心からの叫びがあって初めて生まれる、自分そのものの表出のことです。

「クリエイティブ」というものは「今までにない新しいこと」ではありません。

どれくらい強く読み手に言葉が届くことを願っているのか。その願いの強さが言語表現における創造性を生み、文章にその人独自の表現が生まれます。

✎03.「届く言葉」と「メタメッセージ」

「届く言葉」というものはものすごく単純なものです。それは「魂から出る言葉」「生身から生まれる言葉」です。辞書的な意味とは一線を画します。「魂」というのは激しく動きまわり、生々しく、傷つきやすい、生き物のようなものです。

そして「届く言葉」には「届けなければいけない」という切迫があります。「自分のこれだけは分かって欲しいんだ」というその必死の思いが言葉になり、届くべき人に届くのです。論理的かどうか、修辞法が適正かどうかはさして重要なことではありません。

近頃の多くの文章のメタメッセージはシンプルです。「私を尊敬しろ」「私に敬意を示せ」。これだけです。十分に読み応えのある文章でさえ、最終的には「こういうことを知りたいんでしょ?」と読者を見下しています。たとえそれが貴重な情報でも「読み手への敬意」をなくした文章は読者に届きません。

✎04.「愛」

文章を書くときに、最終的に重要になるもの。それは「愛」です。

「読み手への敬意」もここから生まれます。「どうしたらスラスラと読みやすい文章になるだろうか」「どの表現が勘違いされずに伝わるだろうか」「漢字にしようか、ひらがなにしようか」…

これら全てが読者への「愛」です。自分の切迫した思いを伝えるためには、「愛」を文章にぶつけなければいけません。「情理を尽くして語る」というように、自分のもてる全ての手段を用いなければ伝わらないのです。

✎05.まとめ

今回のクリエイティブ・ライティングの哲学は、内田樹さんの『街場の文体論』(ミシマ社)を引用・参考にさせて頂きました。「文章を書く」ということは想像以上に奥が深く、面白いことです。『街場の文体論』は本当に多くのことを気づかせてくれます。是非皆さん買って読んでいただけたら嬉しいです。

最後まで読んで下さいましてありがとうございました。

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